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神戸地方裁判所 平成10年(わ)473号 判決

主文

被告人を懲役二年に処する。

押収してある日本刀(さや付き)一振(平成一〇年押第一一二号の1)を没収する。

理由

(犯行に至る経緯)

被告人は、建築内装業を営み、妻A子及び長男Bと共に住居地において暮らしていたものであるが、平成一〇年五月一九日午後七時三〇分ころ、仕事仲間と酒を飲んで帰宅したところ、被告人が前々日に参加したゴルフ旅行に女性の参加者もいたことなどに嫉妬心を抱いていたA子から、まだ手をつけていない夕食を勝手に下げられるなど無愛想な応対をされたため、被告人は同女と口論になり、同女の顔面を平手で数回殴打するなどした。その際、「ぶっ殺してやる」等言う被告人に対して、A子が食卓上にあった文化包丁を手に取って差し出したところ、これで刺そうとしているものと誤解した被告人は、これに対抗しようと隣室四畳半和室内のたんすに隠し持っていた日本刀を取りに行った。

(犯罪事実)

第一  被告人は、同日午後八時二五分ころ、兵庫県明石市《番地略》所在の甲野マンションC棟一〇一号室の自宅四畳半和室内のたんすに隠していた刀渡り約三六・二センチメートルの日本刀一振(平成一〇年押第一一二号の1)を取り出し、隣室の六畳和室に立ち戻ろうとしたところ、直前まで開いていた同室との間のふすまが閉められており、これを手で開けようとしても開かなかったことから激高し、右日本刀で同ふすまを突き刺そうとしたが、同ふすまの背後には妻又は長男B(当時一四歳)が佇立しているおそれがあったのであるから、このような場合には厳に右行為を中止すべき注意義務があるのにこれを怠り、憤激の赴くまま右日本刀で右ふすまを力一杯突き貫いた重大な過失により、右ふすまの背後にいたBの右側胸部を同ふすま越しに突き刺し、よって、そのころ、同所において、同人を胸部大動脈及び下大静脈刺創により失血死させた。

第二  被告人は、法定の除外事由がないのに、前記第一の日時場所において、刀剣類である前記日本刀一振を所持した。

(証拠の標目)《略》

(事実認定の補足説明)

被告人は、当公判廷において、判示第一の行為につき、被告人の所持していた日本刀がふすまを貫いたのは、被告人がふすまを開けようとして右足でふすまの下辺りを蹴ったところ、ふすまの下の部分が敷居からはずれ、その勢いで被告人が前のめりになった拍子に日本刀がふすまに刺さってしまったからであり、自分の意思でふすまを突き刺そうとしたものではない旨供述し、弁護人も被告人の右公判供述を前提に、被告人の過失は重過失ではないとして過失の重大性を争うので、これらの点について説明を補足する。

一  関係証拠によれば、被告人が所持していた日本刀は、刃渡りが約三六・二センチメートルの脇差しであるが、右日本刀はふすまを貫通し、被害者の右側胸部(足底から約一〇九ないし一一一・一センチメートル上方部分)に突き刺さっていること、これにより、被害者に生じた創管は、長さが約二三・六センチメートルにも達しており、ふすま及び被害者の身体に対し、ほぼまっすぐで、やや上方から下方に向けたものとなっていることがそれぞれ認められる。これらによれば、被告人の所持していた日本刀は、ふすまを貫き、その刃渡りの約三分の二が被害者の胸部に真っ直ぐ挿入されたことになり、この被害者の傷の位置、深さ及び方向を併せ考えると、被告人は、意図的に、しかも相当の力を込めてふすまを日本刀で突き刺したと考えるのが自然かつ合理的である。

そして、被告人自身、警察に自首する前の本件翌日未明に、実兄であるCに対し、「おばはんと喧嘩になっておばはんがふすま閉めたんや。そんで、ふすま刺したら、Bがおったんや。Bが見えとったら、そんなことするわけないやろ。」などと、自らの意思でふすまを突き刺したことを認める供述をしている(甲三三、三四)上、その後の警察・検察での取調べにおいても、当初は、ふすまを日本刀で力一杯突き刺した旨の供述をしていたものである。

これに対し、被告人は、公判廷において、前記のとおり、ふすまを蹴った際ふすまが敷居から外れ、その勢いで体勢を崩し刀がふすまに刺さってしまったなどと弁解し、供述を変遷させているが、右変遷につき合理的な理由は何ら認められないばかりか、被告人の体勢が崩れただけで、前記のような位置・方向・深さの創傷が被害者の身体に生じるとは考え難く、右弁解は客観証拠とも明らかに矛盾する。また、被告人は、本件の前後の具体的状況、すなわち、ふすまの前で、日本刀をどのように構えていたのか、前のめりになった際ふすまに体がぶつかったのか、どのように日本刀をふすまから抜いたのか等を尋ねられても、いずれも「覚えていない。」というのみで具体的な説明をすることが全くできないのであって、結局右弁解は到底信用できないというべきである。

右に検討したところによれば、被告人は、意図的にふすまを日本刀で力一杯突き刺したものと優に認められる。

二  被告人が日本刀を取りに隣室の四畳半和室へ行ったときには開いていたふすまが戻る際には閉まっており、被告人がふすまを手で開けようとしても開かなかったことからすれば、被告人は、本件当時、極めてわずかの注意を払うことにより、ふすまの背後に妻又は長男がいることを認識し得たはずである。そうすると、ふすまの背後にいるであろう人の生命・身体の危険に対する配慮を全く欠いたまま、前記認定のとおりふすまを日本刀で力一杯突き刺した点において、被告人の注意義務違反の程度ははなはだしいというべきであり、被告人に重大な過失が存することは明らかである。

よって、弁護人の主張は採用することができない。

(適用法令)

一  罰条

1  判示第一の所為 刑法二一一条後段

2  判示第二の所為 銃砲刀剣類所持等取締法三一条の一六第一項一号、三条一項

二  刑種の選択 判示第一及び第二の各罪につきいずれも懲役刑を選択

三  併合罪の処理 刑法四五条前段、四七条本文、一〇条(重い判示第一の罪の刑に加重)

四  没収 刑法一九条一項二号、二項本文

(量刑の理由)

本件は、被告人が日本刀で自宅のふすまを突き貫いたところ、ふすまの背後にいた長男の胸部に日本刀が突き刺さり、同人を死亡させたという重過失致死及び銃砲刀剣類所持等取締法違反の事案である。

被告人は、夫婦喧嘩の際、妻が包丁を手に取ったのを見て、これに対抗しようと隣室内に隠していた日本刀を取り出し、戻ろうとしたところ、直前まで開いていたふすまが閉まっており、開けようとしても開かなかったことなどから、激高の余りふすまを日本刀で力任せに突き貫いたというものであって、その短絡的な行動に酌量の余地はない。殺傷能力の高いまさに凶器である日本刀を違法に所持していた点もさることながら、被告人は、当時の状況からすればふすまの背後に人がいることを容易に認識し得たはずであるのに、わずかな注意をも払うことなく右のとおりふすまを日本刀で力一杯突き貫き、更に被害者の身体にその刃渡りの約三分の二を突き刺してしまっており、過失犯とはいえ、犯行態様は極めて危険かつ悪質というほかない。被害者は、両親の喧嘩を収めようとふすまを閉めていたにすぎないのに、突如日本刀で右脇から胸部を一突きにされて、出血多量により一四歳の若さで命を絶たれており、被害者がその際被ったであろう肉体的・精神的苦痛は想像を絶するものがある。また、被告人は、本件犯行後、被告人が日本刀で長男を刺した事実を隠ぺいすべく、文化包丁に被害者の血を付けたり、妻が身代わり犯人となることを容認したりしており、さらには、公判廷で前記のとおり不合理な弁解までしているのであって、真しに自己の罪責を見つめ、反省する態度に全く欠けているといわざるを得ない。以上によれば、本件の犯情はかなり悪く、被告人の刑事責任は重大である。

そうすると、最愛の息子を自らの愚かな行為によって失い、被告人自身深く悲しんでいること、被告人の妻を始め、周囲の人々の処罰感情はそれほど厳しいものではないこと、被告人は本件以前に日本刀を取り出したことはなく、本件は偶発的な犯行であったといえること、犯行後一晩経ってからではあるが自首していること、被告人には前科がないこと、被告人が従業員数十名を抱える会社を経営していることなど、被告人のために酌むべき諸般の事情を十分に考慮しても、なお、前記犯情の悪質さにかんがみると、被告人は主文掲記の実刑を免れないと考える。

よって、主文のとおり判決する(求刑・懲役五年と押収してある日本刀一振の没収)。

(裁判長裁判官 島 敏男 裁判官 足立 勉 裁判官 深山はる子)

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